ごまを、ひと粒、置くと、一瞬の視野に、収まるので、ごま粒の表面に、東エリアとか、西エリアという、空間の分離や、時間のベクトルは、誕生せず、一滴の雫の如く、ひと粒のごまは、ひと粒のごまに、過ぎませんが、もしも、あなたが、ごま粒に寄生する、小さな微生物だとすると、一瞬の視野に収まらず、ごま粒の表面に、東エリア、西エリア、表エリア、裏エリアなど、空間の分離が、次々と誕生。意識の移動に伴い、時間と、そのベクトルも、創造されます。つまり、意識の視野が、狭くなると、分離が生まれ、選択肢が、誕生しますが、意識の視野が、俯瞰出来るレベルまで、拡大すると、分離や、選択肢のない人生となります。意識の視野が、狭い人は、人生は、選択の連続だと、思い込み、迷い、確信、不安、期待という、幻想由来の尺度を、当たり前のように、受け入れていますが、意識の視野が、広い人に、選択肢は、存在せず、人生は、流れであり、未来は、既に、存在している、その青写真を、追体験している感覚で、生きています。これらの分離や、選択肢を、生み出すメカニズムは、量子科学的に、立証され、それを裏付ける検証結果も、存在しています。仮に、目の前に、選択肢を提示された時、視野の狭い人は、どちらが良いのか、思案しますが、視野の広い人は、すでに、決まっている流れとして、正解の方が、自ずと、意識の視野に、入ってくるため、選択ではなく、流れを受容、衝動に従うという、シンプルな人生となります。不安、期待、辛さ、幸福感などは、視野が狭くなることで生まれる、打ち寄せては、消えていく、波のような幻影。感情を、楽しむことは、自由ですが、感情に、呑まれてしまうと、幻影に、囚われたまま、本質も、真実も、体験しないまま、肉体としての、人生は、終わってしまいます。
zerostillness
nandemo ari de nandemo nai